川越を歩く

2012/05/31

寺社

昨日から恒例散髪帰省をしている。髪は無事昨日夕方、太腕店長にサッパリとして貰った。

そして、本日は両親と埼玉県川越を訪れた。
川越という町は、古くは川越城の城下町で“小江戸”と呼ばれた。今も蔵の残る古い町並みや多くの寺社が見られる。

先ずは、15分ほど歩いて有名な“喜多院”へ。
そんな所から入れるのかと思うような裏側にかかる“どろぼう橋”。
かつては丸木の一本橋だったそうだが、その橋を渡って逃げ込んだ泥棒が寺僧に諭されて反省し、その後罪を許されて真面目に働いて一生を過ごしたというような話に由来するらしい。
この橋を渡り奥へ行くと本堂の前に出られる。

平日だというのに、結構な人が訪れている。(写っていないけれど)
本堂で納経帳と御朱印を戴いた。


多宝塔

ここは他にも五百羅漢の石像や、すぐそばに東照宮もあるのだが、何分広くて先を急いでしまった。

またもや裏側寄りの出入り口から出て、近くにある成田山の川越別院を訪れる。
成田山というのも、お参りする人の絶えない寺院だなあと思う。
本堂の黒光りしている不動明王がなかなか素敵だった。


しばらく住宅の建ち並ぶ緩いが長い坂を上っていくと、川越城本丸御殿のある広い場所に出る。側には地元の球場や川越市立の美術館、博物館などもあり、やはり城の周りにこういったものが集まってくるのだなという感じがする。
今回は中に入って見学はしなかったのだが、城の本丸御殿が現存しているというのは珍しいものであるそうなので、ゆっくりと中も見る機会を作りたいとは思う。

本丸御殿の向かい側にあった案内板が気になって足を運ぶ。
“三芳野神社”は、童歌“通りゃんせ”の舞台といわれているのだそうだ。

派手さはなく、正直大分古さの目立つ状態になっているのだけれど“お城の天神さま”と呼ばれた神社の絵馬を祀る所には多くの絵馬が下げてあった。
装飾が眼をひく。

市役所を眺めつつ蔵の残る有名な川越の古い町並みを目指して歩く途中でも、魅力のある建物を幾つも眺められる。

そして、タイムスリップをしたような町並みへ。

そして、川越といったらコレ、というようなシンボルである“時の鐘”
1日に4回鳴らされるということだがタイミングが悪く、その音は聴くことが叶わなかった。
今は機械式に鳴らしているそうだけれど、昔はあの上まで鐘を鳴らす役目の人が上っていって(封鎖されているが上る為の階段があった)鐘を突いて鳴らしていたんだろうなあ。

時の鐘の建物の奥には薬師神社があって、眼病に御利益のあるこの神社では“め”の絵馬が多く奉納されていた。

この町並みに入った頃から遠くに見えて、ずっと気になっていた建物の前にようやく到着。神社仏閣などの日本の古い建物も好きなのだが、日本にあるこういう洋風建築も好物である。
青銅色の屋根がいいなあ…
“埼玉りそな銀行 川越支店”埼玉りそな銀行の前身は埼玉銀行なので、もしかして昔はここが本店だったのかねー、などと両親と話していたのだが、帰ってきて調べたら埼玉銀行の前身である“第八十五(国立)銀行”の本店だったそうだ。

少し裏通りへ入った所に、立派な門構えの寺があった。
“養寿院”というお寺なのだが、寺名の石柱と対になる場所に“不許葷酒入山門”と記された石柱がある。字面のまま考えると、酒が山門から入るのは許さない、というような意味合いかと思うのだが“葷”というのが何なのか判らなかった。
調べてみると“葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず”と読むのだそうだ。“葷”とはニラやニンニク、ネギといった香りの強い(臭い)野菜類のことを指し、酒や臭いの強い野菜を飲食した人は入るなということだそうだ。禅宗の寺院の山門に多いとのこと。

川越といえばサツマイモ。菓子屋横丁で芋納豆や芋松葉を、仕事に出ている妹や家人への土産に購入する。
ここは駄菓子や米菓、芋菓子まで色々あって賑わっていた。

再び蔵のある町並みを歩きながら、自分用に地元酒蔵の日本酒を買ったりしつつ最後の目的地へ。
“浄土宗檀林 蓮馨寺(れんけいじ)”
ここは“おびんずる様”と“呑龍上人”が有名なのだそうだ。
おびんずる様はこのお堂の外に鎮座されていて、その身体に触れることで自分の病が治るといわれがある。とげ抜き地蔵などと似た御利益なのだな。
呑龍上人には子供の無事の成長を祈願に訪れる人が多い。


川越は実家から1時間もあれば余裕で行ける場所なのだけれど近いが故に後回しになっていて、この歳になって初めて訪れた。何しろ、見るべき所も多いし半日でじっくり巡ることもできないので駆け足だった。
今回見はぐったなーと思う所を回るべく、また訪れたいと思う。