午前10時に茨城を出発、休憩・食事を入れて約4時間半かけて無事に長野・善光寺に到着した。
善光寺は5月31日まで御開帳が催されている。
年女という節目の今年、ニュースで眼にした善光寺の御開帳に“是非行きたい、行こう!”と思えたのも鬱病の治療が一段落したことがあったのかもしれない。
本当は家人も行きたかったことだろうと思うが、家人の行ける時といえばゴールデンウィークくらいしかない、そんな時に混雑必至の大きなイベントに出掛けるのは正直私が辛い。平日に行きたい。
独身時代に買ったものなどをリサイクルに出したり、普段からチビチビ溜めている報酬などがソコソコの金額になったので“宿泊代も交通費も自分のフトコロから出すので、長野へ行ってきても良いですか?”と家人から許可を得た。
幸いに安いビジネスホテルも予約を取ることができた。
そうして、私は善光寺仁王門の前にいる。
独身の頃に家族旅行で来たことがあったのだけれど、その時は初めてだったし旅行の行程の中の一つだったのであまり記憶がない。
それにしても想像以上に人が多い。
山門の前まで来ると人が溢れてくる。
あれが“鳩字の額”(善光寺という文字の中に鳩が5羽いる)かと、しばし立ち止まって眺める。
本堂の正面に立つ回向柱。
善光寺の本尊は秘仏となっていて、西暦654年以降眼にした人はいないのだそうだ(ガイドブックより)。そして、その本尊の分身として同じ姿で造られた“前立本尊(一光三尊阿弥陀如来像)”も秘仏として普段は眼にすることはない。数えで7年に1度の御開帳の時だけ、その前立本尊が公開される。
そして、その前立本尊と本堂の外に立つ回向柱が綱で結ばれていて、回向柱に触れることで前立本尊に触れることと同じ功徳があり、阿弥陀如来と結縁を果たすことができるという信仰がある。
回向柱から本堂の如来像へと繋がる白い“善の綱”。
ところで、善光寺は何宗の寺なのだろうかと今回訪れるに当たり調べたところ、無宗派であるということを知った。山内には善光寺を護持する天台宗と浄土宗の寺が集まっていて、交替で法要や日常の管理を行っているとのことだ。
宗派を問わない、男女も問わない、誰でも受け入れるという寺院だということが昔から一度はお参りしたいと思う場所なのだろう。
本堂に入り、遠くから善の綱の先におられる姿を拝す。
かつて本堂はお参りに訪れた人が寝泊まりする場所にもなっていたそうなので、とても広々としている。穏やかな空気を感じたのはそのせいだろうか。
自分の悪い所を撫でることで病が治ると云われている“びんずる尊者”は、長い間信者に撫でられて元のお姿が全く判らないほどになっていた。
閻魔大王像は少しかわいらしい。
古い寺院は建物の装飾などを見て回るのも好きだ。
御開帳の為に建てられたと思われる授与所が、敷地内に点在している。
元々ある授与所だけでは集中して訪れる参拝客を捌ききれないのだろう。
とはいえ、普段からあると思われる授与品所もさすがに違う。
“ショップ”という雰囲気。
さて、本堂の前に到着した時に正直ビビってしまったのが“御朱印”を求める人の列だった。普段の授与品所だけでは、それこそ捌ききれないので、御朱印の為だけの授与所が設置されていた。
数え忘れてしまったが、窓口は5つくらいあっただろうか。戴ける朱印の数も多いので1人当たりの時間が掛かってしまうということが待ち時間の長さになってしまうのだろう、私は1時間半ほど待った。
そうして戴いた御朱印帳と御朱印。
御朱印帳は4種類あったのだけれど、訪れた季節に合わせた。
境内の奥にある忠霊殿は、戦没者の仏式霊廟。
1階に資料館もあるのだが、やはり時間的に余裕がなくなってしまった。
境内に奉納されていた乳牛の親子
寄贈は“森永乳業”(納得)。
長野は幾分春浅く、花が綺麗だ。
善光寺境内を出て、宿坊のある通りを歩く。
天台宗の本坊“大勧進”。
大勧進の住職は善光寺の住職も兼ねているのだそうだ。
個人的にはそういう方面では興味はないのだけれど、まあ、パワースポットなんだろうなあ。
言うなれば神社仏閣は全てパワースポットだと感じているのだけれど。
世尊院釈迦堂。善光寺で最後に“院”のつく宿坊は天台宗の寺。25院ある。
この回向柱も善光寺本堂前の回向柱と同様に松代から寄進されるものだそうだ。
本尊の等身大釈迦涅槃像は、優しく美しい像だった。
浄土宗の本坊“大本願”。最後に“坊”がつく宿坊は浄土宗の寺。14坊。
境内全体が静かな様子だった。
夕方、先にチェックインしていた友人とホテルで合流。
1日に花見に出掛けた際に私が善光寺へ行くことを話したら、日程が合うので一緒に行ってもいいかしらんという話になり、同行することになったのだった。
そして、一緒に回向柱のライトアップを見に出る。
日が延びて暗くなるのが遅くなってきているので、お参りをしたり授与品を購入したりしつつ暗くなるのを待った。境内にはそういう人達が待ち構えている。それでも昼間の人出よりは少ない。
回向柱のライトアップというよりは本堂のライトアップという風情。とはいえ、いい感じだ。
ライトアップされた回向柱に、もう一度触れて頭を垂れた。
ちなみにライトは山門から照射。
夕方から夜の善光寺の街をブラブラして眼に止まったものを。
“顔出し”なのだけれど、牛の尻にも穴が空いているのは何故なんだろう。
善光寺郵便局は昔の旅館の建物を改修して使用しているらしい(返ってきてから調べた)。
こういう古い時代のものを残してあるのはいいなあ。
古い建物といえば
“御本陣 藤屋旅館”
今も立派に営業しているらしいが、こちらは古い洋風建築。
回向柱のライトアップの帰りに見たら、夜は夜で綺麗だった。
善光寺交差点そばの唐辛子店“八幡屋磯五郎”
巨大唐辛子は以前と同じく軒先に下がっていたのだけれど、店の中は小洒落た今風に改装されていて驚いた。
以前訪れた時には、大きな階段箪笥があるような昔ながらの店だったような記憶があるんだけど。
泊まっているホテルの近くのアーケードを歩いていたら、交番で発見。
そういえば、長野中央警察署のキャラクターだったなと、改めて思い出す。
ホテルに戻って、それぞれ一日の埃を洗い流してからホテルの近くのケーキ店で買ってきたケーキを食べつつ、善光寺の夜は更ける。
善光寺は5月31日まで御開帳が催されている。
年女という節目の今年、ニュースで眼にした善光寺の御開帳に“是非行きたい、行こう!”と思えたのも鬱病の治療が一段落したことがあったのかもしれない。
本当は家人も行きたかったことだろうと思うが、家人の行ける時といえばゴールデンウィークくらいしかない、そんな時に混雑必至の大きなイベントに出掛けるのは正直私が辛い。平日に行きたい。
独身時代に買ったものなどをリサイクルに出したり、普段からチビチビ溜めている報酬などがソコソコの金額になったので“宿泊代も交通費も自分のフトコロから出すので、長野へ行ってきても良いですか?”と家人から許可を得た。
幸いに安いビジネスホテルも予約を取ることができた。
そうして、私は善光寺仁王門の前にいる。
独身の頃に家族旅行で来たことがあったのだけれど、その時は初めてだったし旅行の行程の中の一つだったのであまり記憶がない。
それにしても想像以上に人が多い。
山門の前まで来ると人が溢れてくる。
あれが“鳩字の額”(善光寺という文字の中に鳩が5羽いる)かと、しばし立ち止まって眺める。
本堂の正面に立つ回向柱。
善光寺の本尊は秘仏となっていて、西暦654年以降眼にした人はいないのだそうだ(ガイドブックより)。そして、その本尊の分身として同じ姿で造られた“前立本尊(一光三尊阿弥陀如来像)”も秘仏として普段は眼にすることはない。数えで7年に1度の御開帳の時だけ、その前立本尊が公開される。
そして、その前立本尊と本堂の外に立つ回向柱が綱で結ばれていて、回向柱に触れることで前立本尊に触れることと同じ功徳があり、阿弥陀如来と結縁を果たすことができるという信仰がある。
回向柱から本堂の如来像へと繋がる白い“善の綱”。
ところで、善光寺は何宗の寺なのだろうかと今回訪れるに当たり調べたところ、無宗派であるということを知った。山内には善光寺を護持する天台宗と浄土宗の寺が集まっていて、交替で法要や日常の管理を行っているとのことだ。
宗派を問わない、男女も問わない、誰でも受け入れるという寺院だということが昔から一度はお参りしたいと思う場所なのだろう。
本堂に入り、遠くから善の綱の先におられる姿を拝す。
かつて本堂はお参りに訪れた人が寝泊まりする場所にもなっていたそうなので、とても広々としている。穏やかな空気を感じたのはそのせいだろうか。
自分の悪い所を撫でることで病が治ると云われている“びんずる尊者”は、長い間信者に撫でられて元のお姿が全く判らないほどになっていた。
閻魔大王像は少しかわいらしい。
古い寺院は建物の装飾などを見て回るのも好きだ。
御開帳の為に建てられたと思われる授与所が、敷地内に点在している。
元々ある授与所だけでは集中して訪れる参拝客を捌ききれないのだろう。
とはいえ、普段からあると思われる授与品所もさすがに違う。
“ショップ”という雰囲気。
さて、本堂の前に到着した時に正直ビビってしまったのが“御朱印”を求める人の列だった。普段の授与品所だけでは、それこそ捌ききれないので、御朱印の為だけの授与所が設置されていた。
数え忘れてしまったが、窓口は5つくらいあっただろうか。戴ける朱印の数も多いので1人当たりの時間が掛かってしまうということが待ち時間の長さになってしまうのだろう、私は1時間半ほど待った。
そうして戴いた御朱印帳と御朱印。
御朱印帳は4種類あったのだけれど、訪れた季節に合わせた。
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| 前立本尊御影(摺仏) |
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| 御詠歌 |
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| 善光寺本堂 |
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| 文殊菩薩 |
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| 撫仏(びんずる尊者) |
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| おやこ地蔵 |
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| 御開帳散華セット |
境内の奥にある忠霊殿は、戦没者の仏式霊廟。
1階に資料館もあるのだが、やはり時間的に余裕がなくなってしまった。
境内に奉納されていた乳牛の親子
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| 善子さん&光子さん |
長野は幾分春浅く、花が綺麗だ。
善光寺境内を出て、宿坊のある通りを歩く。
天台宗の本坊“大勧進”。
大勧進の住職は善光寺の住職も兼ねているのだそうだ。
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| 善光寺如来 |
![]() |
| 不動尊 |
言うなれば神社仏閣は全てパワースポットだと感じているのだけれど。
世尊院釈迦堂。善光寺で最後に“院”のつく宿坊は天台宗の寺。25院ある。
この回向柱も善光寺本堂前の回向柱と同様に松代から寄進されるものだそうだ。
本尊の等身大釈迦涅槃像は、優しく美しい像だった。
![]() |
| 涅槃釈迦如来 |
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| 毘沙門天 |
浄土宗の本坊“大本願”。最後に“坊”がつく宿坊は浄土宗の寺。14坊。
境内全体が静かな様子だった。
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| 善光寺本師如来 |
夕方、先にチェックインしていた友人とホテルで合流。
1日に花見に出掛けた際に私が善光寺へ行くことを話したら、日程が合うので一緒に行ってもいいかしらんという話になり、同行することになったのだった。
そして、一緒に回向柱のライトアップを見に出る。
日が延びて暗くなるのが遅くなってきているので、お参りをしたり授与品を購入したりしつつ暗くなるのを待った。境内にはそういう人達が待ち構えている。それでも昼間の人出よりは少ない。
回向柱のライトアップというよりは本堂のライトアップという風情。とはいえ、いい感じだ。
ライトアップされた回向柱に、もう一度触れて頭を垂れた。
ちなみにライトは山門から照射。
夕方から夜の善光寺の街をブラブラして眼に止まったものを。
“顔出し”なのだけれど、牛の尻にも穴が空いているのは何故なんだろう。
善光寺郵便局は昔の旅館の建物を改修して使用しているらしい(返ってきてから調べた)。
こういう古い時代のものを残してあるのはいいなあ。
古い建物といえば
“御本陣 藤屋旅館”
今も立派に営業しているらしいが、こちらは古い洋風建築。
回向柱のライトアップの帰りに見たら、夜は夜で綺麗だった。
善光寺交差点そばの唐辛子店“八幡屋磯五郎”
巨大唐辛子は以前と同じく軒先に下がっていたのだけれど、店の中は小洒落た今風に改装されていて驚いた。
以前訪れた時には、大きな階段箪笥があるような昔ながらの店だったような記憶があるんだけど。
泊まっているホテルの近くのアーケードを歩いていたら、交番で発見。
そういえば、長野中央警察署のキャラクターだったなと、改めて思い出す。
ホテルに戻って、それぞれ一日の埃を洗い流してからホテルの近くのケーキ店で買ってきたケーキを食べつつ、善光寺の夜は更ける。


















































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