6月も下旬になり、そうこうしていると学生の夏休みだとかも近付いてくるので、その前にちょっとは出掛けたいなと思って重い腰を上げて久し振りに趣味の寺社参りをすることにした。
昼頃に移動したせいか、つくばエクスプレスも千代田線も空いている。
いわゆるバブル世代の人間なのだが、そういうものとは無縁の趣味嗜好だったのでブランドとか流行り物的な表参道という街には無縁だった。だから、表参道駅という所に降り立った記憶がない。初表参道かもしれない。
表参道駅に着いてA3出口を出るとすぐの所に秋葉神社がある。
表参道に来たらお参りするというのを多々読んだので、私もまずはお参りしようと思っていたのだけれど、残念ながら工事中だった。
少し前まではこんな街中で木々に囲まれた社だったそうだが、今はビルに囲まれている。
というか、ほぼビルの一部みたいだ。
表参道の交差点から青山通りを渋谷と逆方向(赤坂方面といえばいいのか?)にちょっと歩いた路地を入るとビルの間に山門が見える。
浄土宗 南命山 無量寿院 善光寺
というのが正式な名称だそうだ。青山善光寺と呼ばれているらしい。
青山付近はこの善光寺の門前町だったそうだ。
立派な山門は仁王様のいる仁王門だ。

こういう装飾の図柄が好きで必ず眺めてくる。
最初は谷中にあって、後に青山に移転。江戸時代には信州・長野の善光寺の東京宿院だったとのこと。
本堂もきれいにされている。
土足禁止だがスリッパが1つ置いてあったので、お借りして近くまで上がってお参りしてきた。
場所柄なのか、私のようにお参り好きも多いのか、多くはないが平日の昼過ぎにポツリポツリとお参りの人が絶えない。
鐘楼も装飾がカッコいい。
事務所へ伺って、書き置きの御朱印に日付を戴いた。
一時期よりは新規感染者数が減ったとはいえ、この御時世なので書き置きだけでも戴けるのは、とてもありがたい。
歩いても充分行けるのだが、体力温存のために港区のコミュニティバスにバス停2つほどを乗せて貰い、骨董通りを首都高の方へ少し歩いたところに次の目的地がある。
福井県にある曹洞宗の大本山永平寺の東京別院。
補陀山 長谷寺(ちょうこくじ)
本堂は渋めの造りで、曹洞宗“らしい”感じがする(個人の感想です)。
中に入ってお参りさせて戴いた。お寺の香の香りはいいよねえ。
この寺は“麻布大観音”という名前でも有名で、その名通りの大きな観音像が拝めるという。
最初の観音像は、奈良の長谷寺、鎌倉の長谷寺の観音像と同じ木材で作られたといわれるもので、日本三大長谷観音と称せられていたそうだが、昭和20年の戦災で本堂などと一緒に焼失したとのこと。
現在の観音堂と大観音像は、昭和52年に再建されたもの。
観音堂の横の扉から僧職の皆さんが出入りしているのを確認していたのだけれど、やはりここは正面の扉からお邪魔しなくては。
小さく、うひゃ、みたいな変な声が出た。僧職の方に撮影していいということを伺ってパシャパシャとお姿を撮らせて戴く。
一木彫りの三丈三尺(約10m)の十一面観音菩薩。
優しいお顔なので、大きさによる恐怖感はない(恐怖とか言うな)。
その圧倒的な存在感は直に拝むのが一番。
微通亭という、麻布稲荷を祀った休憩所。
白い稲荷さまの下に腰を下ろして一休み。
小さい池には狭苦しくないのかと思うほどの鯉が泳いでいる。
寺務所で朱印帳に直に書いて戴いた。いい文字だなあ……
いつの間にか令和も四年になっていたんだなあと、今頃になってしみじみ思う。
首都高の下の六本木通りに出て、六本木駅方向へ歩く。
陽射しがないのはラクだけれど蒸し暑さは最高潮で、歩道が狭く途中にはキツいと感じられる坂があり、15分余りを汗だくで辿り着いたのは
出雲大社東京分祠
周りは飲食店やマンションなどのビルに囲まれていて、のぼりが出ていなかったら通り過ぎてしまいそうになるところ。
3階になるのだろうか、階段でエッチラオッチラ上がったところの本殿では、丁度祈祷中だったので、斜めから撮らせていただく。
本殿も授与所も社務所もビルの一室という雰囲気なのだけれど、これが都会の神社スタイルというところか。
こちらでも社務所で朱印帳に直に書いて戴けた。
久し振りの寺社参りは、無理はせずにここまでで終了。
椿屋珈琲でアイスコーヒーのケーキセットで休憩して、家人への土産にアマンドでリングシューを買って帰路に就いた。
昼頃に移動したせいか、つくばエクスプレスも千代田線も空いている。
いわゆるバブル世代の人間なのだが、そういうものとは無縁の趣味嗜好だったのでブランドとか流行り物的な表参道という街には無縁だった。だから、表参道駅という所に降り立った記憶がない。初表参道かもしれない。
表参道駅に着いてA3出口を出るとすぐの所に秋葉神社がある。
表参道に来たらお参りするというのを多々読んだので、私もまずはお参りしようと思っていたのだけれど、残念ながら工事中だった。
少し前まではこんな街中で木々に囲まれた社だったそうだが、今はビルに囲まれている。
というか、ほぼビルの一部みたいだ。
表参道の交差点から青山通りを渋谷と逆方向(赤坂方面といえばいいのか?)にちょっと歩いた路地を入るとビルの間に山門が見える。
浄土宗 南命山 無量寿院 善光寺
というのが正式な名称だそうだ。青山善光寺と呼ばれているらしい。
青山付近はこの善光寺の門前町だったそうだ。
立派な山門は仁王様のいる仁王門だ。

こういう装飾の図柄が好きで必ず眺めてくる。
最初は谷中にあって、後に青山に移転。江戸時代には信州・長野の善光寺の東京宿院だったとのこと。
本堂もきれいにされている。
土足禁止だがスリッパが1つ置いてあったので、お借りして近くまで上がってお参りしてきた。
場所柄なのか、私のようにお参り好きも多いのか、多くはないが平日の昼過ぎにポツリポツリとお参りの人が絶えない。
鐘楼も装飾がカッコいい。
事務所へ伺って、書き置きの御朱印に日付を戴いた。
一時期よりは新規感染者数が減ったとはいえ、この御時世なので書き置きだけでも戴けるのは、とてもありがたい。
歩いても充分行けるのだが、体力温存のために港区のコミュニティバスにバス停2つほどを乗せて貰い、骨董通りを首都高の方へ少し歩いたところに次の目的地がある。
福井県にある曹洞宗の大本山永平寺の東京別院。
補陀山 長谷寺(ちょうこくじ)
本堂は渋めの造りで、曹洞宗“らしい”感じがする(個人の感想です)。
中に入ってお参りさせて戴いた。お寺の香の香りはいいよねえ。
この寺は“麻布大観音”という名前でも有名で、その名通りの大きな観音像が拝めるという。
最初の観音像は、奈良の長谷寺、鎌倉の長谷寺の観音像と同じ木材で作られたといわれるもので、日本三大長谷観音と称せられていたそうだが、昭和20年の戦災で本堂などと一緒に焼失したとのこと。
現在の観音堂と大観音像は、昭和52年に再建されたもの。
観音堂の横の扉から僧職の皆さんが出入りしているのを確認していたのだけれど、やはりここは正面の扉からお邪魔しなくては。
小さく、うひゃ、みたいな変な声が出た。僧職の方に撮影していいということを伺ってパシャパシャとお姿を撮らせて戴く。
一木彫りの三丈三尺(約10m)の十一面観音菩薩。
優しいお顔なので、大きさによる恐怖感はない(恐怖とか言うな)。
その圧倒的な存在感は直に拝むのが一番。
微通亭という、麻布稲荷を祀った休憩所。
白い稲荷さまの下に腰を下ろして一休み。
小さい池には狭苦しくないのかと思うほどの鯉が泳いでいる。
寺務所で朱印帳に直に書いて戴いた。いい文字だなあ……
いつの間にか令和も四年になっていたんだなあと、今頃になってしみじみ思う。
首都高の下の六本木通りに出て、六本木駅方向へ歩く。
陽射しがないのはラクだけれど蒸し暑さは最高潮で、歩道が狭く途中にはキツいと感じられる坂があり、15分余りを汗だくで辿り着いたのは
出雲大社東京分祠
周りは飲食店やマンションなどのビルに囲まれていて、のぼりが出ていなかったら通り過ぎてしまいそうになるところ。
3階になるのだろうか、階段でエッチラオッチラ上がったところの本殿では、丁度祈祷中だったので、斜めから撮らせていただく。
本殿も授与所も社務所もビルの一室という雰囲気なのだけれど、これが都会の神社スタイルというところか。
こちらでも社務所で朱印帳に直に書いて戴けた。
久し振りの寺社参りは、無理はせずにここまでで終了。
椿屋珈琲でアイスコーヒーのケーキセットで休憩して、家人への土産にアマンドでリングシューを買って帰路に就いた。

























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