私鉄10社スタンプラリーの京成線のスタンプを押しに行こうかと、駅情報などを調べるために京成線の公式サイトを眺めたら別のイベントの情報を見つけた。
“京成×京急 16寺社御朱印めぐり”
これは行かねば!と気持ちが盛り上がってしまった。
とはいえ、私鉄10社の京成線スタンプ駅と御朱印巡りの駅を合わせると10駅にもなるので、今日はスタンプ2駅と神社4駅(4社)だけを巡ることにした。
JR松戸駅から京成松戸線で常盤平駅へ。いつの間にか新京成線が松戸線という名前に変わっている。
住宅街を歩くと程なく視界が開けて金ヶ作熊野神社(松戸市)が現れる。
鳥居は新しいが、奥の木々が歴史を感じさせる。ちょっとキャラ顔感のある狛犬。神社のこういう感じがいいんだよ。
天明3年(1783年)に熊野本宮大社から分祀され、金ヶ作の地に入植した人々によって創建された。
現在の社殿は平成7年に建て替えられた3代目だそうだ。明治時代に建てられた旧社殿は隣に保存されている。
境内社が幾つも祀られている。
隣に自治会館があったり、境内で保育園と思しき園児達が先生と一緒に訪れて遊んでいたりと、地域の鎮守だなと気持ちが落ち着く場所だった。大きな熊の字がインパクトのある御朱印。
「今年の漢字に決まったけれど、もっと良いことだったらよかったのにね。」
立派な社務所の神職の御婦人は、そう言って笑っておられた。
京成と京急の御朱印巡りはデジタルスタンプラリーをやっていて、せっかくだから参加しておこうと参加登録したものの初めてのことなので今ひとつ勝手が判らず『もし上手くスタンプが押せてなかったらいつでも来てくださいね』と、ありがたい言葉をかけていただいた。
松戸線で“くぬぎ山駅”(鎌ケ谷市)へ行き、私鉄10社のスタンプを押す。松戸線は昼間の時間帯でも10分おきに電車が来るので待ち時間が少なくて動きやすい。
しばらく松戸線に揺られて“前原駅”へ。途中に“鎌ヶ谷大仏”や“滝不動”という魅力的な駅があったが、次回の楽しみにする。
御嶽神社(船橋市)駅からは少し歩くが、成田山新勝寺へ続く成田街道(国道296号)沿いにある。
1673年(延宝元年)に開村したこの地域の守護として蔵王権現を奉ったところから始まり、明治時代に蔵王権現を御嶽神社に名称を改めたとのこと。
蔵王権現三尊立像は秘仏ということで拝むことはかなわないのが残念。
敷地としては、こぢんまりとした印象だが、木々に囲まれて手入れの行き届いた静かな境内には地元の人らしき参拝客が次々と訪れていた。
通常の御朱印今回の御朱印めぐりの特別御朱印。これが戴けると知って、俄然張り切ってしまったところがある。寺社巡りと鉄道が好きな人間にはたまらないご褒美だ。
次は津田沼へ行こうと前原駅で待っていたら千葉中央行きという電車が来たので、そのまま乗って検見川駅へ。
駅から徒歩1分。道路を渡るのでちょっと判りにくいのかもしれないが、ほぼ眼の前だ。
検見川神社(千葉市花見川区)もう初詣の準備中か。平安時代に全国的に疫病が流行した時に素戔嗚尊(スサノオノミコト)が祀られて災厄消除が祈られた場であるという。
公式サイトを見てあったのだけれど、そこから想像するよりもずっと規模が大きく立派で、参拝客が絶えない。
境内社では新年に向けて(恐らく)掃除中。
全部お受けできますよと仰るので戴いてきた御朱印。
通常の御朱印花札をモチーフにした12月限定御朱印31日師走大祓式の限定御朱印限定御朱印を狙って行くタイプではないのだけれど、見本を見せていただいたら好きなモチーフだったのでお願いしてしまった。
京成津田沼駅から徒歩3分。住宅の建ち並ぶ間に広めの駐車場と鳥居がある。
菊田神社(習志野市津田沼)
鳥居が新しいなあと思ったら、安政5年(1858年)に建立された鳥居は東日本大震災で倒壊して平成23年(2011年)12月に再建されたものということだ。
個性的な狛犬に迎えられる。現代的なアート感があるが、天保9年(1838年)に建立されたものだそうだ。
(吽形の方は表情から“アイーン狛犬”と、あだ名されているらしい)
ちなみに他にも2対の狛犬がいる(その内の1対)。
神社を巡っていると時々見掛ける躍動感のある、岩に登っている(?)タイプが好きだ。菊田神社も創建は古く、旧久々田村の産土神である久々田大明神として平安時代西暦810年代には神社としての記録があるらしい。当時のこの土地は入り江だったそうで、境内地は小島だった……ってスゴいな。今は想像ができないのだけれど、この辺りは海だったということか。
境内社や神輿庫など見どころは多くて、御朱印をお願いしている間に堪能した。
通常の御朱印(久々田大明神)16社御朱印めぐりの特別御朱印前原御嶽神社の御朱印も素敵だったが、こちらの可愛さもたまらない。
もちろん、それなりに時間が掛かるのだけれど、前原御嶽神社も菊田神社も御朱印帳に直接書いていただけるというのが凄い。
私鉄10社のスタンプ駅である京成八幡駅へ。
線路に沿って歩いてくると、大きな鳥居がある。
葛飾八幡宮(市川市)の二の鳥居踏切を渡って線路越しじゃないとフレームに収まらない。
参道を歩いて行くと大きく華やかな門がある。
明治時代の神仏分離以前に葛飾八幡宮の別当寺だった天台宗・ 八幡山法漸寺の仁王門だった“随神門”門の前には狛犬もいる。
長い参道の先に立派な社殿と境内が広がる。
葛飾八幡宮は、平安時代・寛平年間(889年 - 898年)に京都・石清水八幡宮を勧請して、下総国の総鎮守八幡宮として建立された。
推定樹齢1200年という御神木の千本公孫樹(イチョウ)は国の天然記念物に指定されている。多くの境内社もある中に、立派な鐘楼もある。
別当寺だった法漸寺の遺産といえるだろう。ちなみに八幡山法漸寺は神仏分離の折に廃寺になっている。
随神門(仁王門)や鐘楼などの神仏習合時代のものが大切に残されているというのは、歴史を知る上でいいことだなと思う。
境外社である不知森神社へ行こうと、参道を国道14号に向かって行くと葛飾八幡宮一の鳥居があった。
本当はここから参道だったのか。
ここから千葉方向へ少し行ったところに、有名な“八幡の薮知らず”がある。
古くから禁足地とされていて、“足を踏み入れると2度と出てこられなくなる”という神隠しの伝承などがある。広さ約300坪。薮の囲いの外側に鎮座する不知森神社としての境内については足を踏み入れて参拝することができる。安政4年(1857年)に立てられた石碑がある。
かつては様々な樹木が鬱蒼と茂る雑木林だったそうだが、現在は向こう側が透けて見える竹藪という感じ。
八幡の薮知らずとしての伝承は江戸時代の書物で見られるが、それ以前から禁足地として存在したか、禁足地としての由来などは明確になっていないのだそうだ。
それでも地元の人達は禁足地を現在まで守ってきている。そういうところにまた魅力があるのだ。
葛飾八幡宮の御朱印不知森神社の御朱印(葛飾八幡宮でいただける)


















































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